2019年11月25日

追悼記 その2

昨日、同級生の逝去に際し、まだ、気持ちの整理がつかないのもあるが、自分も思うところがたくさんある。

逝去した、2人の優秀な医師に、聞いてみたいことがある。

それは、死ぬ間際に何を考えたのか?死んだあとはどのような世界が待っているのか?ということだ。

これだけは、いくら医者をしているからといって、絶対わかりえないことである。

もう辛いから、早く楽になりたい・・のか、それとも、まだまだ、家族、友人と過ごす時間をほしいのか?、はたまた、やり残したことはあるのか?

自分は男性だから、陣痛も、生理痛も経験することはない。

最近は陣痛を体験する器具があるようであるが、単に痛みを経験するならそれでもできるかもしれないが、必死に頑張る妊婦さんには、それ以上のなにか、違う感情があるから、乗り切れるような気がするのである。それは、母性と父性の違いでもあるようにも思えるし、単に痛みを感じるだけでなく、「妊娠」という、特別な状況下におかれたなかで初めて味わえる感覚なのかもしれない。ゆえに、私が体験するのは不可能である。

ただ、私は産科医として、それを客観的にみれるから、医療として成り立っているように思う。もし、これを体験したものであれば、たぶん、いらぬ医療介入をすることで、うまくいくものも、うまくいかない・・・ということになりそうである。それを客観的に評価できるので、医師であるゆえんではないかと・・。

この2人は、優秀な医師であり、貴重な経験の体験者であるので、できることなら、どうするのが最善か?たぶん、聞いたら教えてくれるだろうが、それもまた不可能なことである。

自分は、親戚や周りの方の勧めがあって、この地に戻り、開業することを決めたのであるが、一般的には、開業すると、お金を儲けて、悠々自適な生活を送り、勤務しているときより裕福な生活をおくれるのだろう・・と思っている方が多いと思うが、一部そういう方もおられると思うが、私のような、しがない産婦人科では、日々の生活を送るのがやっとで、へたすると同級生に比べると、その生活レベルは決して高いとは言えない。ただ、開業すると、勤務しているときよりは、患者さんとの距離が近く、診療の楽しみは増えたような気がする。

私自身、勤務なら勤務で、開業したら開業したで、その立ち位置に満足し、その職責を全うすること以外、考えることができないので、それに全力を投入することしか、以前からできない性分である。

しかし、隣の花は赤く見えることも事実で、また勤務に戻ったら、今以上に裕福な生活が送れるのではないか?でも、また、以前の苦労があるのではないか?など、いろいろな疑念が見えてくるのである。

果たして死んだら楽になるのだろうか?私が開業して勤務医に戻った方が、いいヒューマンライフを送れるかも?と思うがごとく、実は少々つらくても、また、現世に立ち戻った方が、いい生活が待っているのではないか?実は、死後の世界のほうが、よっぽど忙しく、つらい生活になってしまっているのではないか?そう思うこともある。彼らなら、こっちの生活も似たり寄ったりで、いいこともあるけど、つらいこともあるよ、現世に生きている人が思っているほど、いい世界ではないよ・・と言いそうな気もする。

それがどうなのかは、現世にいる、私には全く想像がつかず、ゆえに、優秀な友に、聞いてみたいのである。

ともあれ、現世では、本当に24時間、昼夜を問わず、走り続けてきた、産婦人科医、透析内科医には、死後の世界では、少しでも安寧の地と時が過ぎているのを、願うばかりである。

posted by 池田産科−YOU−婦人科医院 at 12:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: