2008年09月04日

産科医療補償制度(産科無過失補償制度)と分娩費値上げ

http://www.m3.com/news/news.jsp?articleLang=ja&articleId=79471&categoryId=&sourceType=GENERAL&
産科医療補償制度(産科無過失補償制度)とは、出産時の医療事故で子どもが脳性麻痺(まひ)になった場合、医師らの過失を裁判で立証しなくても補償される制度で、産科の訴訟リスクを減らして産科医不足の解消につなげるのが狙い、です。不幸にして、新生児の脳性マヒは、分娩時の異常によるものが10%程度、新生児期におこる感染などによるものが10%程度で、残りの80%は原因不明、即ち胎内ですでに完成されている異常なのだそうです。その子供や御家族を援助する目的で、考えられたのがこの制度です。

一見よさそうに見えますし、今メディアでも話題になっています。
産婦人科学会からは、分娩を取り扱うすべての医療機関に入るよう、通達が出されています。

私たちの長崎県でも先日この制度につき、国の役人の方をお呼びして、会合がありました。

このことにつき、私見も含め意見したいと思います。

まず、一番はこの制度の財源のあり方にあります。
現在加入されている70%の先生方は本当にこの制度のからくりをご存知なのでしょうか?
実は先月末に強制的に加入申込書が送られてきました。私もメディアなどで、おぼろげにこの制度を知っていたので、入ったほうがいいと思い、署名する寸前でしたが、周りの先生のお話を聞くと、躊躇せざるを得ませんでした。
私は、当然国の補償制度として、発足するもので、財源も確保されていると思ったからです。でも実際は違います。
その財源の捻出は、分娩費の値上げによってまかなえ、と言うものでした。
国の役人は、妊婦さんに支払う“出産一時手当金”を現在の35万から38万に増額するので、その増額した3万をこの制度の財源として当ててくれ、というのです。
ここでの問題は、私たちが説明して、妊婦さんがそれを納得できるかと言うことです。
前回(昨年6月)の分娩費の値上げは、実際病院側の経営が今の分娩費では困難であるので、妊婦さんには申し訳ないのですが、一時金の値上げの分の分娩費の値上げをさせていただきました。
都市部では、分娩費が50万−60万くらいと聞きます。私たちの地域を含めた地方でも、それ位にできればこのような悩みはないのかもしれません。しかし、現状はこの地域で1万円値上げするのもはばかりがあるのに、3万円もあがるとなると、本当に妊婦さんの了解が得られるのでしょうか?

さらにこの保険は、妊婦さんではなく、病院と契約することになります。患者さんの補償ということであれば、通常妊婦さんと契約するのが筋です。ちなみに保険料は、施設の分娩数×3万円だそうです。
10件/月分娩がある施設では、月の保険料が30万円となりますが、そんなバカ高い保険は見たことがありません。さらに、補償額は3000万円です。テレビで宣伝している保険ですら、月々3000円で1000−1500万円の保証をするわけですから、いかにこの補償制度が非効率的であるかがわかります。

話が長くなるので、追記とします。やはり、お役人の方は、一般の人との考え方のギャップがあるとしか思えません。確かに帳簿上は、一時手当金が3万増えたのだから、分娩費を3万円あげて、それをこの制度に当てても、患者さんも医療者もプラマイゼロならいいだろう、と言わんばかりですが、前回一時金が5万円あがって、分娩費を値上げした時でさえ、「少子化対策のために、一時金があがったと思っていたのに、分娩費が上がってしまえば、なんにもならない」といった声が多数聞かれました。ましてや今回は病院の補償のための分娩費値上げです。果たして、支払う患者様の理解が得られるのかが疑問です。いっそのこと、その3万円を国庫あるいはシステムに直接プールし、その積立金を補償に充てるほうが、一回患者さんの懐に入ったお金を病院を通して、民間保険に積み立てるという仕組みより、よりわかりやすいし、クリアだと思うんですが・・あるいは、必要と了解していただいた患者さんが、そのような保険に加入できるシステムのほうが、より理解しやすいと思うのですが・・。

次に、この制度の補償範囲ですが、脳性マヒの子供さんに限られています。国が補償するというのであれば、障害をお持ちの患者さん、すべてに適応されてしかるべしです。最近“無過失”と言う言葉が消えていますが、以前は産科無過失補償制度と言っていました。心臓病、精神発達遅滞、運動機能障害などのお持ちの御家族の方も、補償を希望されても当然だと思います。しかも、その分娩費の値上げの名の下に、3万円という高額の負担金をいただくので、負担していただいた側としては、当然その方々にも補償を受ける権利があると思うのです。しかも、ある意味W3000万円ぽっち”です。
この一つに、国が補償するとはいっているものの、実際は日本医療機能評価機構という民間団体が関与していることがその一旦を担っています。民間ですから、当然商品として運用するには、営利が必要です。補償額も安いほうがいいですし、適用範囲も狭いほうがいいに決まっています。うがった見方かもしれませんが、実際そういう側面が見え隠れします。しかも、その団体は、世に言うW天下り”団体です。ちゃんとした仕事をされていることを当然期待していますが、このご時世、斜めからの視点の方は、それを良しとせず、たぶん鵜の目鷹の目で、その不備を指摘してくることでしょう。

病院にとっても死活問題です。
この制度に加入するか、しないかで、分娩費が3万円も違うわけですから・・。とくにこの制度の対象の患者さんは年間80人程度と言われています。その当たる確率を考えた場合、入らないで、分娩費を現状維持したいと考えられる先生がおられても、なんら不思議ではないのです。当然、患者さんは、自分の子供が脳性マヒになる・・なんて夢にも思っておられませんので、少しでも安い施設に行きたいと思われるのも当然だと思います。(考えようによっては、この制度に加入しているほうが、ちゃんとした施設であるといういわゆるWブランド”的な見方もあるかもしれませんが・・・)
また、産まれた赤ちゃんをみて、元気であれば、その制度の加入分を差し引いてくれという患者さんがでてくるかもしれません。分娩費の値上げということで、そこまで言われる方はおられないとは思いますが、懸念されることの一つです。しかし、このトラブルにおいては、病院が対応せざるをえず、この制度を決めた、国、役所はなんの手助けもしてくれません。
さらに、(うちでは幸いほとんどおられませんが)分娩費の未払いがあった場合、その負担はすべて、その病院がせざるを得ません。分娩10件未払い(ちょっと多すぎますが、仮に)であったとすると、病院の負担はそれだけで月々30万円です。これは、一般の方には信じられないことだと思いますが、分娩費の踏み倒しは結構行われているという話を聞きます。

さらに、この制度は医療訴訟を減らそうという目的もあるそうですが、果たしてそうでしょうか?医療裁判にはお金がかかります。こうは考えたくないですが、心無い人は、これを元手に裁判を起こすなんてことも考えられます。

今回少子化あるいは産婦人科医療の崩壊に伴い、また、大野病院事件の余波を受けて、突然国の補助の予算が300億円?ついたので、急遽2009年1月よりこの制度を開始することが決まったようです。これに伴い一時手当金も来年1月より3万円増額となり、38万円になるので、医療機関も分娩費を値上げされたし・・ということのようです。
今の国の政策は(昔もかも?)すべてこのように突然きます。下々はそれにより右往左往です。
この制度の不備、保険加入のあり方、補償の範囲、補償額など、制度を始める前に考慮すべき点は数多くありそうです。実際、長崎での会合の際W主旨には賛同するが、いまの状態での運用は拙速である”と言う意見が大勢でした。また、W本来補償制度は国がすべきで、民間がすべきものではない”と言う意見も数多くありました。さらに、W今度の総選挙で政権が交代し、民主党になったら、この制度もお釈迦になるかもしれない、補償範囲に制限がでるかもしれない”などの意見もでました。

その話を聞いていて、私もすぐにこの制度に乗るべきではない・・と思い、現在躊躇している状況です。ただ、加入の期限が9月末に迫っているということを考えると、結論は急がねばなりません。本当に、国のやることはあまりにも事務的で、意見を取り入れた風に見せて、実際は強引な手法がほとんどです。

皆さんはどう思いますか?
たぶん、こんな制度とは思っておられない方がほとんどではないでしょうか。としたら、産婦人科学会、日本医療機構、厚生労働省の説明不足です。たぶん、突然加入申し込みが送ってきて、(当初8月末が締め切りでしたが・・)うわべだけで、いい制度だと思い込み、サインして申し込みされた先生が数多くおられるのであろうと推測します。実際お金を払っているのは社会保険庁かもしれませんが、負担しているのは、妊婦さんなのですから・・。

不幸にして、長崎の先生方が皆さんこの制度にご加入するという運びになれば、私もその意思には賛同したいと思います。
その際、分娩費の値上げを余儀なくされることが予測されますが、すべての物価が上昇する時世、妊婦さんにはご迷惑おかけしますが、どうぞその折にはご協力いただきますよう、伏してお願いする次第であります。
posted by 池田産科−YOU−婦人科医院 at 12:49| Comment(4) | TrackBack(1) | 診療日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
死産経験者です。
今だ良く理解できませんが、メディアの表現法によっては
産科医とお母さん達とのココロの溝ができてしまう(私に限って言えば、深まる?)様にも感じました。

産科医不足、お産難民というキーワードをとても良く耳にするようになりました。過去の経験(心無い医療者との出会いと予期せぬ結果)から医療者不信の念が強かった私も、その後の温かい人の温もりを持った医療者との出会いによって随分と医療者へのオモイも変わりました。
しかし、近頃では医療者側だけの意見を主張した内容だけを取り上げられている気がします。あまりにもそこだけを主張されるとがっかりしてしまいます。

今朝もラジオでこの内容を聞きながら、考え込んでしまいました。まるで手切れ金を渡すから訴訟はしないでくれ!これ以上産科医が減ったら困るんだ!産科医を追いこむな!という様に受けとってしまいました。
更に、脳性麻痺(に限らずあらゆる障害)のお子さんを持つご家族への配慮は微塵も感じられませんでした。なにも知らない部外者(私達)にしてみればメディアの言葉はそのまま医療者側の言葉に聞こえてしまい、また不信感。。。

今回のこの制度の導入によって、患者と医療者側はどこまでいっても平行線で絶対に交わりあったり歩み寄ることはなくなるのではないでしょうか?残念です。メディアの力は絶大ですがそれだけに配慮をしていただきたいものです。
Posted by ahiri at 2008年09月11日 22:51
>ahiri様
コメントありがとうございました。
まさにおっしゃるとおりです。
患者さん側は、医療サイドを保護するだけの目的と言い、医療者側は、不慮の障害にも補償対応できる、患者さんに優しい制度だと言い・・。
この制度の意味がどこにあるのか・・・。
それがはっきりしないので、加入者も7割程度(なんと私の地域は6%でしたが・・)なんだと思います。
この制度の加入で躊躇している方々は、患者さんとの新たなトラブルの原因になるのではないかと心配されている方が多いようです。
患者、医療者双方にとって、いい制度になるよう、もう少し検討する余地があると思うのですが・・。
Posted by イケドク at 2008年09月12日 18:33
はじめまして。
プロフィールを見て、自分の主治医と同世代の先生(同じ年かも)だと知り、とても興味深く読ませて頂いています。

大野病院事件についても、8/20に無罪確定し、ほっとしました。

補償制度については、なんだか保険会社がからんでいるとしか思えないし、なんでもお金で解決とかより、患者と医師との信頼関係や、患者の医療への理解とかの方がよほど大事ではないかと思うのですが。

医療もどんどん高度化しているけれど、私たち患者の理解している医療なんて、時代遅れや誤解ばかりです。

医療への理解や教育にもっと力を入れてもらえればと思っています。理解がないと、いくら補償にお金を注いでも同じではないかと思ったりもします。

これからも、ちょくちょくのぞかせて頂きます。
Posted by Kei☆ at 2008年09月13日 19:24
>Kei様
コメントありがとうございました。
 
「なんでもお金で解決とかより、患者と医師との信頼関係や、患者の医療への理解とかの方がよほど大事ではないかと思うのですが。」

まさに同感です。
お金は大切ですが、医療には(だけではないかもしれませんが・・)患者、医療者にとって、お金よりもっと大切なものがあるのではないかと思っています。

今後ともよろしくお願いします。
Posted by イケドク at 2008年09月16日 13:16
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産科医療補償制度について
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Tracked: 2009-01-18 18:35